Sakumagのニュースレターでは、もうずいぶん長いこと「ですます調」で週報を書いてきましたが、どうも「ですます調」だとそうでない文章より時間がかかってしまうような気がしてきました。試しに今週は、「だ・である調」で書いてみます。フィードバックがあったら教えてください。
今週のネタ:
50代の女友達
言葉の重み
イーロン・マスクのカニエ化
左派の分断
中間選挙準備選シーズン始まる
Long Covidとサル痘
今週の労働問題:サッカーで男女平等賃金が実現
さよならエイジズム
映画「Plan 75」
Sports Illustratedのスイムスーツ号
月曜日、大切な友達ジュディの誕生日をお祝いするために、ワイスホテルのレストランに集った。その半分以上が自分よりも年上で、かつ50を過ぎて、いまもなおかっこよくクールに、時々荒れたり落ちたりもしながら、それでも愉快にめいっぱい生きている女性たちで、ありがたい女神のような存在である。今回は夜の会をするかわりに、アルコールなしでたくさん食べるという昼の会。食費もアルコール代も爆上がりした今、お酒をのまないとランチでそこそこ食べても抑えられるね、とちょっと前だったら考えられないような会話をしている。アルコールの優先度がめちゃ高かった時があったのだ。
ジュディへのカードに、「ピンヒールははかない」に登場したエピソード(お互いそこそこしんどかった時に、ブライトン・ビーチでロシア人のお年寄りが楽しそうにきゃっきゃしている姿を指差し、「ほら、恐れることはないってことよ」と言ってくれたこと)を書いたら、案の定本人は覚えていなかった。自分の40代を俯瞰で振り返ってみると、「ピンヒール」を書いていたときは、まだいろいろ振り切れていなくてしんどい時期だったのだと思う。今になってみると、あれを書いたこと自体が、巨大なセラピーだったのだと思う。
日曜日の朝、早起きして下條ユリちゃんとの勉強会をした。ユリちゃんの血縁の家族はもうずっと前に全員亡くなっていて、世の中的にいえば「ひとり」なわけだけれど、ユリちゃんはひとりじゃない。ニューヨークの友人たちのサポートシステムを作り上げたユリちゃんが、ガンが見つかるという人生の一大事に向き合い、それにまつわるすべての体験をめいっぱい受け止め、自分を癒やす方法を模索する姿からも、加齢や病気を「恐れることはない」と言われているような気がしていて、それをみんなとシェアしたいと思ったから企画した会だ。治療で日本に帰国できなくなったユリちゃんのことを大切に思い、心配してきた日本の友たちが多数参加してくれたうえにトークを喜んでくれたことが、自分の心の栄養にもなった。
早速、音源としても配信したいと思い、編集作業を始めた。前回、星野概念さんとのトークの時には、未編集の音源をシェアしたけれど、その後、これから音のコンテンツを増やしたいことを考えると自分でできたほうが良かろうと編集に挑戦してみたら、これがなんと自分にとって苦痛どころかパズルのようなおもしろい作業で、久しぶりに自分が嫌いじゃない、むしろ好きな作業を発見したような気持ちになっている。時間はめちゃくちゃかかる。けれど、私は一日に書ける原稿の量が限られている自分にとっては、違う脳を使う作業がありがたい存在になりそうだ。なーんて思っていたところで半日を費やして作ったファイルがなぜか消滅。。。がーん。が、その半日でずいぶんうまくなったと思うので、よしとしよう。それにしても、自分で自分の声を編集してみると、なんて編集しづらい喋り方をしているのだろう。「話す」という仕事が多いわりにはつくづくうまくない。編集をやることで、自分の話し方も改善できたら良いなと思っている。
違う作業が楽しいのは、最近よく「自分は文章を書くことが本当に好きなのだろうか」と思うことが多いからでもある。(前からそうではあるのだが)言葉を紡ぐということが苦痛に思える時がけっこうあって、自分は何か他のことをしたほうが良いのではないかと思う頻度が増えているのだ。
トークの中でユリちゃんが私のことを「戦うことが生きがい」と言っていたが、実はそんなことはない。できれば怒ったりせずに平和に暮らしたい。今週、Moms against Gunsという団体のリーダー、Shanon Wattsさんがゲストに登場するPodcastを聞いていたら、「戦わずに諦める」は「より状況が悪くなるのを許すこと」とイコールであるという趣旨のことを言っていたが、私も同じ気持ちである。
しかし、実際、ここのところ、メンタルが相当疲れている。日本の参院選の行方を考えると頭が痛くなるし、バッファローで起きた黒人を標的にしたヘイトクライムの銃撃事件のことも、当初ラジオなどで話をしていたときは冷静かつ淡々としていたと思うのだが、そのあと、少しずつ様々な詳細が自分の頭に染み渡るとともにひどく落ち込んでいる自分に気がついた。
ジュディの誕生日会で、突発的に出席者の4人で週末ヤードセールをやろうということになったのだが、参加すると言っていた黒人の友達は結局参加しなかった。バッファローの事件がしんどくてモチベーションを上げられなかったのだという。私は「いい気晴らしだ」と思えることができたけれど、あれがアジア人を標的にした事件だったら同じようになったと思う。しばらくベッドから起き上がれなくなる自分が容易に想像つく。
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